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麻雀の到達点について  -麻雀になる瞬間

麻雀には最強なんてものはありません。


ではゴールはどこなのか? どこを目指して打つのかと。





それは



思考(発想や判断)とアクション(選択)を連動、一致させていくこと。




これを前提として



ノーミスに限りなく近づけるかどうか




これが麻雀の最終到達点ではないかと僕は考えています。



もちろんここでいうノーミスというのは結果論的意味ではありません。


その判断の時点に遡ってということ。

つまり判断についてのミスです。




そもそも自分が考えうる範囲内でしか人間というのは発想できませんからね。

ただ、この範囲を拡大していくことが初期の段階ではスキルアップといえるでしょう。



簡単にいえば 


噛み合ってるってことです。


手牌とツモがなんていうツキの話じゃなくてね・・・




脳みそと麻雀



もちろんソコソコ噛み合ってることなんてしょっちゅうあるわけですけど、





時折訪れるその感覚・・・


脳みそと手先が完全に一致してる感触。



麻雀との一体感。









それは錯覚なのかもしれない。





ただ、あの快感はね・・・




僕は麻雀でしか味わえませんw
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麻雀の到達点について  -欲求を満たすもの

僕がなぜ麻雀を打つのか


それを明確に意識するようになったのはここ3年くらいですね。



おもしろい、他にやることがない、気づけば15年以上続けてる、それなりに強い方・・・




まあ、そうかもしれませんけど、もっと深いところです。








自分の思考に従い、自分を操る感覚





自己、自我を覚えるから。



アイデンティティ。 

それも内から能動的にです。



マズローの欲求階層説を知ってますか?



image.jpg


僕にとって麻雀はこの自己実現の手段なわけです。



『批判的見解』の

>個人的見解あるいはごく限られた事例に基づいた人生哲学に過ぎず、普遍的な科学根拠や実証性を欠いているのではないかという疑問


ここ注目です。






上等だよw     麻雀てそういうゲームだからね。






よくネットに氾濫する俺TUEEEEはこのピラミッドでいえば上から2つ目にあたると思われます。



僕は人の評価なんてどうでもいいし、麻雀は他人と競うものだとも思っていません。




うーん・・・  頂点がないからですかねw



だからといってちゃんとした理由にはなりませんけど。




麻雀はなるようにしかならないゲームだから。





じゃあ何を目指して打ってるのかと。




次回にします。

麻雀の到達点について -主観と客観への考察2

僕は麻雀というのは主観でやるゲームだと思っています。


もちろん客観を踏まえてという条件付ですけどね。


この客観が備わっていない主観がいわゆるオカルトってやつです。




麻雀における客観は判断基準ではなくて知識に近い。


当然知っていなければいけないこと。


牌の仕組み、数の原理にとどまらず

多くの人はこう考えるとか、そういうことも含めて。


だから、

理論的思考のようでいてその実、これもひとつの感覚にすぎないのが麻雀ではないかと思います。


僕の考えでは、


麻雀を打つ上で絶対的判断基準となるのはこっちじゃなくて主観のほうです。



まあ、客観を外的判断要因とするなら


主観は、さしずめ内的判断基準といったところでしょうか。




思考、判断、アクションの軸、芯となるもの。


そのとき何を考えるかどう思うか感じるか・・・


これを固めていくものは、前にも書きましたけど、


勘ではない。


もちろん、感性(ハズいだろw)なんて大したもんでもない。



麻雀的主観というのは



経験による統計、記憶からシンクロさせる感覚です。




この主観がブレない人は往々にして強い。


僕のいうところの客観、ここがブレる人ってのは


強い弱い以前に麻雀を覚えていない人、ということになります。



また、主観というのは経験によって客観性を帯びてくるものでもあります。



麻雀は人から聞いた感覚話はアテになりません。

ただ、自分の中にその芯は作られていくものではないかと。



麻雀の到達点について -主観と客観への考察1

 

麻雀はおもしろい。


ただ、勝つという大前提はみんな同じでも

ひとそれぞれ、またはキャリアの段階においてそのポイントは違う。






麻雀というのは人の判断が影響するゲームです。



印象だったり、解釈で成り立ってるゲームでもある。


なぜか。


それを判断基準にして打つ人が多いからです。



点棒状況と捨て牌以外に確かな事実はありません。


でも、麻雀にはもうひとつ事実があって



それは誰かが何かを考えてるということ



それを前の段階で考えること。







麻雀脳。




他人の主観を考える客観的視点・・・


これが麻雀における主観だと僕は思ってます。





あるメンバーがオーラス親の5巡目くらいでリーチをかけてきました。


僕は45000、彼は15000。


2500点の人がいて、某プロが38500。

*シンプルにするために若干捏造してますw 


そこにあった事実は、


プロが4-7mのメンタンピン一発赤ドラのインパチを打った。


という事実。





ヌルいと思う人もいるかもしれない。





ただ、それぞれ考えがあるわけです。


親の手は高めイーペーコー、つまり8000オールで決めにきてる。


打ったプロは、もちろんトップをマクるためにいったというのもありますけど、



安いリーチとか出アガリをイメージしたリーチと踏んだ可能性が高い。



こういうこと(他人の考え)を考える、推測する、

常に見ておくと麻雀はおもしろいですよ。







フリーなんかだったら、せっかく人と打ってるんだから

どんどん聞いてしまえばいい。


意図とか、なんで?とか


つまり今どう考えてたの?と。


もちろん終わったあとにちょろっとだけね。

まあ、ハンチャン終わってから聞くべき状況もありますけどw



僕は今までそうやってかなりいろんなことを聞いてきました。


自分の読みというか思った感じと照合するというか・・・


まあ、ピンのオッチャンなんかは聞き方間違えるとアオリととられたり、

素で機嫌悪くなっちゃう人もいるんでそこらへんは臨機応変というかw











勝った負けたなんて話ではゲーム代の元は取れませんよ。







麻雀は飽きません。


はじめは、

アガったら、勝ったらおもしろいと思う。


そのうちどうやったらアガれるか勝てるか考えるのがおもしろくなります。


それは牌の並びについてだったり状況的なことだったり。


やがて他人にも考えがあることを考え始める。



麻雀というのは最終的には思考が交錯するところにおもしろさがあると僕は考えています。



少なくとも、手作りに関して言えば技術の天井なんてすぐそこです。

打ち込めば、ツイてるときの強さは3ヶ月の初心者も10年のベテランも変わりませんよ。

はっきり言ってしまえばw







究極、

考える・・・ということが麻雀の最大の魅力といえます。








プロフィール

いちかわ

Author:いちかわ
リアル麻雀連合会長

ネット麻雀は天鳳の雀荘戦というところで打ってます。
リアル、ネットの大会主催したり。


麻雀ライブやってます


いちかわ麻雀ライブ(らいつべ)


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