日本リアルプロ麻雀連合
麻雀で勝つための戦術・・・ 行動心理を軸にした最適な効率の考え方
安牌がない −リアル麻雀論−
よく「安牌がない」とか「そんなのわかんないよー」とか聞きますが・・・

=『この巡目でそんなのずりぃーよ』とか、『なんだよ、待ち良すぎだろ』ならいいんですよ。

本気でそう思ってるなら頭打ちですね。

麻雀は基本的には、

勝つこと、トップをとること、アガること

を考えて打ちます。

負けないために、振り込まないために麻雀を打ってるわけではありません。

安牌などという言葉自体、頭の中から削除しても差し支えありませんよw

打ちたくない牌というものを認識する基準は、

その牌で打ったらアツい、バカバカしい、もったいない ・・・とか、つまりは感覚です。

危ないかどうか・・・これが決めるんじゃないです。


ちょうどいいキャプチャーがないのに思いつきで書いてしまいましたw
みつかったら、ここに貼ろうと思います。


押すとメンチンがたくさんアガれます。

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デジタルと似非デジタル2 −リアル麻雀論−
牌効率に関する似非デジタルいきます。  

もう、明日書くとか言うのはやめますw

牌効率≒デジタルみたいな捉え方が主流みたいですね。 
まず、ここが誤解です。 牌効率は知識です。 始めに覚えるだけです。
 

慣れた人は牌効率など意識しません。


いくつも例をあげてもしょうがないんでとりあえずよく出てくるやつで話します。

sds.jpg


ここからカン3ゾーの受けがあるから2ソーを切らないのを牌効率とか言う人もいるようですが・・・

これは知識としては常識です。

ですが、これを実戦で瞬時に気づくのは経験です。  牌効率というのはそういうものです。
打ってる最中に計算などしません。 考えもしません。 体で覚えます。

ここに2を引いて3の受けができるのことをほとんどの人は打ってるうちに覚えます。

これを知ってること、3の受けを意識することはデジタルではありません。
もしデジタルという思考回路を確立するのであれば、“この形では常に最大限2ソーを放さないということを実行すること”、ということになりますかw

何度も言ってますが、柔軟なこと、状況判断、順応性、臨機応変・・・これらはデジタルではなくアナログです。

この形がどんな手に組み込まれてるかでもまったく違いますね。
例えば、タンピンドラのシャンテンならカン3ゾーの受けというのは5−8ソーと同価値なわけです。

ところがこれが中のみの2フーロのシャンテンだったらどうですか?w
2ゾーはすぐ切っちゃう人多いでしょう。 というか普通そうしますよ。

基本的にはカン3の受けは5−8のフォローになるわけですが、これは5−8で待つ可能性(自分が待ちたいことも含む)が高いと判断したときは他を埋める“効率”を優先します。
逆に、ソーズを埋めて他で待ちたいならこの2ゾーはできるだけ持ってるということになる。

アガリに対するモチベーションの程度、色の有利不利、濃い薄い・・・いろんな条件が重なって選択を繰り返すのが麻雀ですから、そもそも均一化、機械的、といった意味でのデジタルというのは推奨できません。


もちろんこの形を知ってることは必須ですが、これは効率とかいうたいそうなもんではないんです。

降水確率30% ・・・傘を持って出るか、邪魔だから置いていくか・・・
その程度の話ですよ。

雨が降ったら濡れることはみんな知ってます。
絶対濡れたくないなら傘は必要。 そこらへんのバランス感覚とか、割り切り方ですね。

細かいことよりも、自分の選択に納得する、判断の時点で納得するように打つことのほうがずっと大事です。 ・・・これは精神論じゃないんですが、わかってもらえますかねw

ちょっと長くなったんで続きは次回で。 (写真はあるんですぐ書けます)



押すとカンチャンが先に埋まります。

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デジタルと似非デジタル −リアル麻雀論−
デジタルかそうでないか、デジタルであるべきか・・・

この“命題”自体、意味がありません。 ただ、話題としては結局おもしろいんで。

客観論と僕の主観が入り混じりますが、各自整理してくださいw


ここでひとつ例を入れます。

3巡目くらいに発が鳴ければマンガンテンパイの隠れドラ3のシャンテンだとします。

一人の他家が白と中をもう一人に鳴かせて、発は押さえる。 


白、中、ホンイツをアガられる。


これってどうですかね。

ツイてないと思いませんか

デジタル的な考え方で言うと、このことはたまたま発が最後だったのでアガる人間が自分ではなかった・・・

正しい考えですね。 


ところがこれを、たまたま発が3番目(鳴かれなければ切る)になっただけだから、

「これはツイてないとかじゃなくて偶然なんだ。 だから気にすることはない。」

こう考えることをデジタルだと思ってることが似非(えせ)デジタルなんです。

これは中途半端な精神論ですよ。 精神論なら精神論で打った方が断然がある。

つまり、

デジタルは正しい考え方ですが、デジタル的に考えることは既にデジタルではない。  ・・・場合があるw

何でだと思いますか?

麻雀は自分のが勝つために自分のために、自分が最も有利になるように最大限頭を使う・・・


超セルフィッシュなゲームです。


仮に競技プロが、観戦者がいることを前提として打つとしても、その勝つための思考回路、“実行度”に見るべきところがある、と思います。・・・その利己的度が上手いということなんですから。

宇宙の法則の中で僕らが生きてる意味なんてありません。 ですが生きてます。
麻雀もそうです。
やってるのは自分であって、超マクロな視点(神の目w)など意味を持たない。

先ほどの例でいうと、ツイてないと感じることツイてないとか考えちゃいけないんだと考えることよりは意味があると僕は思いますし。

明日は牌効率に関する似非デジタルを書きます。
これだけだと、デジタル自体を僕が勘違いしてるっぽいんでw


あ、ところで先日の阿部さんの名言ですが、説明が少なすぎました。

「幻に賭けろ」 というマンガの登場人物です。
ちなみにここに出てくる藤峰という男は僕の二人の師匠(一人はゲーテ)のうちの一人です。
嶺岸マンガ最強の男です。 黒澤さんより強いです。
藤峰雀聖の話はまたそのうちしますけどw





麻雀は絵心・・・クリック!

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引きが弱い人  −リアル麻雀論−
まず、自分がどんなもんなのかってのを知っておかないと。

もう少し踏み込むと、“自分にはわからないってこと”と、わからなくても“この人にはソレがわかるんだってことがわかってること”は全然違うってことです。


「何で勝てねぇんだ」とか「やってらんねぇ」って発想を排除していかないと絶対上手くはなりませんw
「俺は引きが弱い」なんてのは論外。  


引きの弱い人なんていません



ツイてるツイてない、上手い下手・・・

あるのはこれだけ。



もし本当に引きが弱いなら、神が与えたそのショボい引きで向いてない麻雀を精一杯やれということになりますかね。  


ところで、麻雀のレベルの限界ってのを僕はこう考えてます。

自分の手を作ること・・・これを点とするなら、場を読むことが加わり面となる。  
相手の思考を読むのが立体的なイメージです。

自分の思考を相手が読むことを4人共が考えている麻雀・・・4次元的でしょw
これが人間業の限界だと思うんですよ。

でも、これは現実にはね・・・ あったとしてもハイレベルとは言えなくなってしまう。
手作りのエキスパート・・・“サムライ”が4人集まったらただの叩き合いになっちゃうのと同じですね。
なんとなくわかりますかね?  僕もなんとなくしか説明できませんが・・・w


もちろんここで言ってる話は僕のイメージでしかない。
ただ、もし覚えたての人がこんなイメージをもって打っていけば上達も早いんじゃないかって思いまして。

自分が上級者になったときには “この人はこのくらいのレベルでこのくらいのことがわかってて、ここまで対応してくる…”みたいなことを当然に考慮して打つものですから。

悪く言えば値踏み、よく言えば理解ってことに

なります。

これは別に悪いことじゃないんだけど、感じ悪いから口に出しちゃダメですよw
ただ、ここではあまり触れないけど人の理解ってのは、レベルの他にキャラクター、つまりタイプも絡んでくる。

これと状況、状態を併せて思考することが“麻雀を打つ”ってことだと思います。
もちろん自分の手を進めながらですけど。


観念論ばっかで飽きてきた頃だと思うんで・・・

そろそろ実戦の話でもしようかとw
アツいのはミス −リアル麻雀論−
アツいのはできたはずのことができなかったとき。
自分が認識できるミスをしてしまうこと。

だから大事なのは何がミスなのかを知ることで、それを減らすのが経験てことなんですね。

といっても、ミスというのはのはあくまで自分に対するもの、自分がそう思う範囲での話なんです。


麻雀においては主観の問題ですから。



“他人のミス”は特にレベルの壁があるなら、意識するのはあまり効果的ではありません。
上手い人が初心者のミスを認識してもあまり意味はないし、(本人が気付いてないから)逆に自分より明らかに上手い人のミスはわからないわけです。


麻雀はレベルとか個性というものがものすごく意味を持つゲームだといえます。
アノマリー  −リアル麻雀論−
ツキの状態・・・


そんなものは見えない、わからない、ない・・・こう考えないといけない風潮になってきているらしいですねw



確かにそれ自体はあるともないとも言えない。
科学的には存在を証明できないからね。  科学的? 

そもそも麻雀のどこらへんに科学があるんだろう。

これはゲームであり博打でもある。

もともと牌を伏せたのは確率を曖昧にするため。

株の世界にアノマリーと呼ばれる言葉がある。
合理的に説明はつかないがよく当たるとされる現象のことを言ったりするんだけど、本来的な意味・・・別の分野ではこうです。

“広く分布する物理量の局地的な異常”のこと。



ツキしかり、牌の偏りしかり。  
牌の数はともかく、ツキに関しては総体量すら決まっていません。

しかしそれでもその偏りを感じてしまうのが人間じゃないかとw

合理的に説明はできないけど確実にあります。  人が思えば。


もちろん微妙なツキなんてわかりゃしません。
でも、少なくとも明らかにツイてる、明らかにツイてないという感覚は確信に近いですよね?

そう感じていることがもうゲームに影響してるじゃないかw
確率の母集団  −リアル麻雀論−
では、麻雀においてホントの効率ってのは何なんでしょう?

僕の考えを言います。


カンです。


カンに頼ること。 
でも、それは究極的には確率論と変わらないんです。
ニュアンスとしては確率というよりは統計ですね。

牌効率は”麻雀をする前”の議論。
実戦になるとレベルとかキャラとかツキ、展開…  様々な要素がゲームを左右する。

僕にとって思考のベースは経験なんです。

蓄積された記憶、感覚… 実際に起こったこと。


つまり確率の母集団は経験ってことになる


今まで体験してきた無数のシーン・・・

どういった相手でどのような状況下でどんな状態で、何が起き、何ができたのか、どんな感じだったか。
その記憶から今起きてること、状況をシンクロさせる感じ。
僕はそこから導かれる結論、選択がその状況下において最適な判断だって思ってます。
これが俺の考える効率ってやつだね。

瞬時の判断だから人は“カン”て呼ぶんだろうけど、コレは直感とは違う

もちろん俺もそんなに頭いいわけじゃないから、本当に憶えてるわけじゃないよ。
ただ感覚的にね、俺はこんなふうに理解してるんだ。

本当の効率は自己の経験の統計から導かれる…ってね。

だって実践するのは自分だろ。

まあ、天才数学者レベルの確率が瞬時に計算できるんだったら話は別だけどさ。
そこらへんの頭がいいレベルではたかが知れてるよ。

どういう状況でどういうキャラクターの人がどういう打ち方をするか、その人の状態、状態を考慮しない人ならそれも含めて総合的に判断した効率を考えること。
さらには普段気にしない人が流れを気にする程にやられているならとか、そこまで考られたらいいんじゃないかな。
どういう状態で何が起きるかってのが大体見えてると、常に冷静でいられるでしょ。

麻雀はね、自分のレベル、状態… もちろん相手との相対的関係を加味してね、この二つが理解、実感できてればアツくはならないハズなんだよ。
なぜって、ごく当たり前のことが起きてるだけだから。
デジタルなんてない −リアル麻雀論−
デジタル…


最近よく使われる言葉ですよね。
もはや麻雀論を語る上では欠かせないキーワードと言えます。


これは別に新しい話でもなくて・・・昔、牌効率とか言ってたものをちょっとアレンジした程度のもの。


僕に言わせれば麻雀はきわめてアナログなゲームですよ。
すごく人間的だから。

オセロや将棋と違って、“人間とスーパーコンピューターとどっちが強いか”みたいな話題すらないし。
複雑過ぎて人にしかできません。


ところで、デジタルに対して“オカルト”とよく言われるのはこのアナログを説明できてる人がいないからだそうで…
そこらへんをうまく伝えていけたらいいな、と。


一般にデジタルとか言われてるのは、

牌効率を重視する打ち方のこと。


もう少し大きな枠でいうなら、効率・・・リスクとリターンを考えた打ち方ってことになります。

つまり、何種何牌の受け入れだとか、手変わりを考えた打点とのバランスみたいな話。

ただね、これは打ってる最中に考えることじゃない

言ってみれば決まってること。

ある程度アタマの中にプログラムされてないといけないんだけど、実はそんなに正確じゃなくてもいいんです。
デフォルトの受けの枚数なんかより、今“何が何枚見えてるか”をしっかり把握してる方がずっと優秀ですから。

そもそもこのテの効率論はツモってくることを前提にしているのか、出やすさを考えてなのかってことなのかが有機的に結びついた議論ではない。


出る、出ないはものすごく実戦的な話だから


レベルとかキャラとかその人の調子、メンタル、場合によっては所持金とか。
事件は現場で起きてんの。

当然に理解してるべきもので、なおかつその状況次第ではすべてを否定することもある…
それが牌効率というものではないでしょうか。
もちろん、理論上の牌効率自体を否定してるわけではありません。
それは事実ですのでw

NOデジタル


例えばここに8ソーが出たとして、チーしてどう受けるべきでしょう?


答えはそのとき次第 w

この判断、感覚と言わずして何と言うのかw

最も効率よく打った人間が最良の成績を収める… 
僕のデジタルに対する認識はこんな感じです。

これはねぇ、そうはならないんですよ。
よっぽどその効率に開きがあれば別なんですけど。
何が言いたいかっていうと、少なくとも牌に関する効率なんてものはあるレベルに達すると大した差を生んでないのが現実なんじゃないかと。  
ある程度打てる人ならみんな同じように、ほぼ同じレベルで理解してるはずだから。

牌効率に関する知識の正確さより、その場の状況判断能力の差の方がずっと上手い下手に関わるってこと。

「デジタルな選択が決まってるときとそうでないときがある」

・・・打てる人間の共通理解です。

つまり、これはアナログですよ。

それに、アナログが説明できないからオカルトって言うなら、僕からすればデジタルなんてものは確立されてないからアナログとしか言えない。

勝敗をわけるのは展開によってできた状況だったり、それを考慮した駆け引きだから。


それにね、非効率を武器にしてる人なんていませんw


ひとつ言えるのは人間が4人集まるんだから絶対個性が出るし、考え方の違いとかね。

コレはゲームとしてもバクチとしても共通して言えることなんだけど、要は心理戦だと思います。
“いや、他人は関係ない”ってタイプの人もある意味では同じこと。
その人にとっては結局、自分が揺れないように心理をコントロールするゲームであることに違いない。
人によって押し引きのバランス、タイミングは違う。
その結果、展開が生まれる…それを流れと呼ぶんではないでしょうか。

その事実を過去のものとみるかその後も続くものとみるのか… 

見解の違いがそこにあるだけ。




そもそも麻雀ってのは不確定要素とか運を楽しむために作られたゲームだったはずです。

ツモ山を伏せることから始まり、親というものを作ることによって展開、ヤマ場、勝負所ができる。
さらにはドラの存在によって色や役に有利不利の偏りをもたらす…
赤裏一発が基本の今にあっては、流れはともかくツキの存在を否定する材料は皆無かと。

ところで、赤裏一発を考えたヤツはエライ!
バランスいいでしょ。
悪いのはコレにチップをつけたヤツw


これ何もなかったら高い手って限られちゃうからね。
手を読むのが簡単になるじゃないですか。  

そうなるとハイレベル論がまたぶつかりますね…

どれだけ効率的に打てるか、 それとも読まれないように切り出しを変えてみたりするのがテクニックとなるのか。
それは亜流で非効率だとか、いや…  なんてね。

ただ、どこまで”マギレ”を排除したって牌を伏せてる以上、必ずギャンブルが存在するわけで…    ソコを否定したい理由がよくわからんw

さっきの手でいうなら、例えば2萬と4ピン両方が山にいると考えたとしても、どっちが先にいるのかが結局分からないところが麻雀の醍醐味なのでは?
それに、それぞれマンズのリャンメン、5ピンとの変則って受け戻しの可能性もあるわけだし。


まあ、どう麻雀を捉えようが確かなことはツイてるときがおもしろいってことです


























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