続けていっちゃいます。
繰り返しになるけど、高い手ならピンフドラ3、安い手ならピンフのみのダマ…
これはどっちも出アガリを意識してるって点では同じなんです。
それが安全と考えて出てくるかはどうかは相手次第ってことになるけど。
しかもコレは一方通行の議論ではありません。
相手が打てるヤツならこっちのレベルも考えてのリーチかもしれないし、こっちが打てるのを分かってないクラスの人なら“誰も止まんねぇ”くらい思ってるかもしれない。
ソレがアガれないと、「何で出ねぇんだ? 山かぁ…」なんてねw
もちろん意図は単純に出アガリだけとは限りません。
例えばそのスジ、壁の外側が山にいるってイメージがあるならばツモ狙いも兼ねてるし、その場合であっても、この人はオリ打ちを狙えてこの人は掴めば出るかもしれない、あの人は危ないと思っても押してくるな… とか、手が入ってなきゃまず出ないだろうな…とか。
僕は、一人で機械的に打つことが効率的だとは思ってません。
その根拠が出アガリの存在です。
出やすいとか鳴きやすいとか、対応にしてもオリる、まわす、突っ張るとか、場合によっちゃ完全無視なんてね、人によって様々なわけです。
だから確率に固執することが最善だとは言えないんです。
麻雀がいわゆるデジタルなだけじゃ勝てない理由はコレ。
出アガリの方が多いのに、確率
はツモを前提にしてるから。
でも、“出る出ないとか鳴ける鳴けない”は人の判断…
つまり心理や気分をも含む個性の産物です。
確率とは明らかにその性格、性質を異にするものですよね。
確かに聴牌まではそれも成り立つのかもしれない。
もちろんツモるまでをそう捉えることもできる。
でも、常にツモアガリを前提に考えられるほどツイてはいられないのが現実だし、メンゼンだけで手を作れないのも現実なんだから。
いわゆるデジタル最強論はルールをメンゼンのツモアガリに限定したときに初めて成り立つんじゃないかな。
と、思いますw ・・・個人的に。
繰り返しになるけど、高い手ならピンフドラ3、安い手ならピンフのみのダマ…
これはどっちも出アガリを意識してるって点では同じなんです。
それが安全と考えて出てくるかはどうかは相手次第ってことになるけど。
しかもコレは一方通行の議論ではありません。
相手が打てるヤツならこっちのレベルも考えてのリーチかもしれないし、こっちが打てるのを分かってないクラスの人なら“誰も止まんねぇ”くらい思ってるかもしれない。
ソレがアガれないと、「何で出ねぇんだ? 山かぁ…」なんてねw
もちろん意図は単純に出アガリだけとは限りません。
例えばそのスジ、壁の外側が山にいるってイメージがあるならばツモ狙いも兼ねてるし、その場合であっても、この人はオリ打ちを狙えてこの人は掴めば出るかもしれない、あの人は危ないと思っても押してくるな… とか、手が入ってなきゃまず出ないだろうな…とか。
僕は、一人で機械的に打つことが効率的だとは思ってません。
その根拠が出アガリの存在です。
出やすいとか鳴きやすいとか、対応にしてもオリる、まわす、突っ張るとか、場合によっちゃ完全無視なんてね、人によって様々なわけです。
だから確率に固執することが最善だとは言えないんです。
麻雀がいわゆるデジタルなだけじゃ勝てない理由はコレ。
出アガリの方が多いのに、確率
はツモを前提にしてるから。
でも、“出る出ないとか鳴ける鳴けない”は人の判断…
つまり心理や気分をも含む個性の産物です。
確率とは明らかにその性格、性質を異にするものですよね。
確かに聴牌まではそれも成り立つのかもしれない。
もちろんツモるまでをそう捉えることもできる。
でも、常にツモアガリを前提に考えられるほどツイてはいられないのが現実だし、メンゼンだけで手を作れないのも現実なんだから。
いわゆるデジタル最強論はルールをメンゼンのツモアガリに限定したときに初めて成り立つんじゃないかな。
と、思いますw ・・・個人的に。
オリというのはすごく難しい。
ここでリーチならこれ落としてベタオリ・・みたいに状況がはっきりしていて、かつ本当に安全な牌がいくつもあるときには可能なんですが。
一般論としてベタオリというのはありえません。
これは言葉の問題だけど、
ベタオリというのは絶対に打たないオリのこと
を言います。
オリ打ちがありえるオリはベタオリではない。
オリというのは
自分のアガリを捨てて、
誰(複数も含む)に対して、どこらへんを、どのタイミングで
切らないようにするかということ。
つまりかなり難易度の高いことです。
麻雀において、いわゆる守備というのはとても難しい。
完全に固めたって、ツモというアガリもある。
だけど、前にも言ったように攻撃はセンスがあればキャリアはそんなに関係ないので、これを磨くのが最優先です。
これはマキシマックスゼンツのことではないんです
よw
アガれなそうでもチャンスきたら一気に攻撃に転じられるように進めていくのが理想。
オリ気味でもアガれる可能性を完全に断つのはよくないですね。
真っ直ぐ進まない方法の一例としては、
MAXの道だけは残しつつ、半端な手になりそうな部分は先に落としていくとか。
つまり、これがこう仕上がったときだけいく・・・みたいに意識を固めると。
アガリへのモチベーションと手の価値のバランス
を合わせていく感じですね。
・・・こんな話はもっと先でするはずだったんだけど。
今回は写真もなく、抽象的で申し訳ないw
ここでリーチならこれ落としてベタオリ・・みたいに状況がはっきりしていて、かつ本当に安全な牌がいくつもあるときには可能なんですが。
一般論としてベタオリというのはありえません。
これは言葉の問題だけど、
ベタオリというのは絶対に打たないオリのこと
を言います。
オリ打ちがありえるオリはベタオリではない。
オリというのは
自分のアガリを捨てて、
誰(複数も含む)に対して、どこらへんを、どのタイミングで
切らないようにするかということ。
つまりかなり難易度の高いことです。
麻雀において、いわゆる守備というのはとても難しい。
完全に固めたって、ツモというアガリもある。
だけど、前にも言ったように攻撃はセンスがあればキャリアはそんなに関係ないので、これを磨くのが最優先です。
これはマキシマックスゼンツのことではないんです
よw
アガれなそうでもチャンスきたら一気に攻撃に転じられるように進めていくのが理想。
オリ気味でもアガれる可能性を完全に断つのはよくないですね。
真っ直ぐ進まない方法の一例としては、
MAXの道だけは残しつつ、半端な手になりそうな部分は先に落としていくとか。
つまり、これがこう仕上がったときだけいく・・・みたいに意識を固めると。
アガリへのモチベーションと手の価値のバランス
を合わせていく感じですね。
・・・こんな話はもっと先でするはずだったんだけど。
今回は写真もなく、抽象的で申し訳ないw
4人でやってるってことを意識すること。
基本的にはその局でアガれるのは1人ですよね。
アガるってことは言いかえれば、最も早くアガリに辿りつくということです。
つまり最も大事なのは早さなんです。
手作りのところで“高く早く”って言ったのは、急ぐことと早くアガることを誤解してほしくなかったから。

こんな手で親のメンタンピン一発とかアホくさいじゃないですかw
ずいぶん前になるけど、こんな感じの速攻をアガりきると“音速の貴公子”とかいって笑いがとれたw
これは僕の考えなんだけど、その手のアガリへの手順っていうのは基本は1つだと思うんです。
その根拠が最短の手順。これは間違いなく1つですからね。
最速を目指すのではありません。
最短距離を辿るイメージで。
“結果的”に一番早くアガれる道を選ぶってことです。
説明するまでもなく先にアガるということは結果的に攻守兼です。
ただ、当然ここに状況って制約がついてくるからテーマ、目的ってのが絡んでくる。
まず最高があるんじゃなくて、最短なんです。
最短を状況、状態で修正したのがそのときの最高の手順て感じでしょう。
最短を辿ってもダメと感じたら… つまりこの手は遅い、アガれないと踏んだら真っ直ぐ進んではいけないということことになります。
これは“アガると踏んだ手”のツモのヨレに対する修正の考え方とは少し違いますね。
自分がアガらないことも視野に入れて進める感じです。
ちなみに・・・
一番大事なのは攻撃性って言ったじゃん的なコメントはいりませんのでw
麻雀で一番大事なことなんて、20コくらいはありますよ。
基本的にはその局でアガれるのは1人ですよね。
アガるってことは言いかえれば、最も早くアガリに辿りつくということです。
つまり最も大事なのは早さなんです。
手作りのところで“高く早く”って言ったのは、急ぐことと早くアガることを誤解してほしくなかったから。

こんな手で親のメンタンピン一発とかアホくさいじゃないですかw
ずいぶん前になるけど、こんな感じの速攻をアガりきると“音速の貴公子”とかいって笑いがとれたw
これは僕の考えなんだけど、その手のアガリへの手順っていうのは基本は1つだと思うんです。
その根拠が最短の手順。これは間違いなく1つですからね。
最速を目指すのではありません。
最短距離を辿るイメージで。
“結果的”に一番早くアガれる道を選ぶってことです。
説明するまでもなく先にアガるということは結果的に攻守兼です。
ただ、当然ここに状況って制約がついてくるからテーマ、目的ってのが絡んでくる。
まず最高があるんじゃなくて、最短なんです。
最短を状況、状態で修正したのがそのときの最高の手順て感じでしょう。
最短を辿ってもダメと感じたら… つまりこの手は遅い、アガれないと踏んだら真っ直ぐ進んではいけないということことになります。
これは“アガると踏んだ手”のツモのヨレに対する修正の考え方とは少し違いますね。
自分がアガらないことも視野に入れて進める感じです。
ちなみに・・・
一番大事なのは攻撃性って言ったじゃん的なコメントはいりませんのでw
麻雀で一番大事なことなんて、20コくらいはありますよ。

本編に戻りましょうw
まず考えなきゃいけないのは、この早さ、この形…
アガれそうって思いませんか?
この手でアガリを逃すのは避けたいところ。
ここで“3アンコの流れ”とか、“ツモればハネマン、裏3枚乗っけてのバイマンで勝負を決めてやる”なんて考えは強気なだけで実は結構ヌルい。
結局出るのは1萬で、ツモりもしない… 挙句に親にペン3ピンのダブ東赤ドラなんてツモられちゃったりするんですよw
仮に俺が3アンコの “流れ”を感じるとしたらそれは1萬の受けを消す3萬引きの聴牌だし、もしここで勝負が決まるようなハネマンが出るとしたらそれは1−4萬のリーチでも出るときじゃないかって思いますね。
この手で1萬を拾うダマも恐らくヌルいんじゃないでしょうか。
攻撃性の視点からは、“アガリを感じてるのに2600”ってこと、それとダマのツモアガリ。
展開的な視点からは4萬を打たれること。 4萬がものすごく出にくい牌ってわけでもない。
特にこの親なんかからは。
逆に1萬を切ってのダマの聴牌なら“基本はタンヤオで親のダブ東なんちゃらを蹴る、しかもひょっこりツモればマンガン”って思考とマッチしてればヌルいアガリ方はないかもしれないけど。
人それぞれ考えは違いますが、大事なのは意識に矛盾を持たない
こと。
どれが正解かは実際わからないんだから。
「やっぱり当たりだと思ったんだよー」とか「こっち切ってりゃアガってた」みたいに本気でボヤく人がよくいますよね?
もちろんマナー的にボヤかないに越したことはない。
ただ、僕がここで言いたいのはマナーの話じゃないんです。
みっともないから口に出さないんじゃなくて、そう思わないように打てってこと。
つまり、“自分が思ったことと違うことをしてしまう”・・・コレを無くしていく、減らしていく感じです。
「こっちにしてればアガってた」・・・これは事実だからしょうがない。
「こっちの方がいいと思ったんだけど」・・・じゃあ、何でそうしないの? ってこと。
話のネタなら公開してもいいんですよ。
その後の展開を先に先にイメージして判断できるようにするんですよ。
それが自分の判断なら、1−4萬のリーチ後に3萬や6ピンを引いてもアツくないし、
親に鳴かれてアガられても結果論って思える。
逆に1萬に最もアガリがありそうって思ったのに、3アンコに受けてよくない結果になるのは最低です。もちろん1萬が出ない、無いって感じたんなら好きにすればいいんですが。
ただその場合は1−4萬でアガれてても結果論、3萬や6ピンでアガれたら「ヤッパリね」って思うわけで・・・
またそうでなきゃいけないし。
まあ、結果論の話はまだまだ続きがありますが今はここらへんで…
ちなみにこの手で1−4萬のリーチを打つなら切るのは1番右の2萬です。(こう並べてるならね)
小賢しいって思わないでくださいw
これはそれこそ効率の1つだから。
見てる人がいます。 で、見てない人はどっちでも一緒。
出る可能性がいくらか高くなる。
逆に1−4萬が入り目でリーチをかけるなら(この例の状況は無視)、左から2番目の2萬を切る。
何でかって?
ここの話が理解できるレベルの人が1萬タンキのリーチをモロバレでかけるハズがないからです。 その場合はむしろ逆並べの3萬が疑われるかと。
まあ、やり過ぎはワザとらしいので。
相手が自分のレベルをどう見てるかってのもゲームに影響するんです。

当然大三元を意識してここまできたんですが、ここでの選択ってのはツモ切りか白切りしかないかと。
この手は大三元にならなかったとしたら既に確定してるマンガンを確実にアガらなきゃいけませんよね。
ここで対々のハネマンも考えて3ピン… これがここでのワーストチョイスじゃないかと思います。
仮にその後先にドラが鳴けたとしても、2−5ピンの方がよかったってオチになりそうです。
鳴けたのが8萬ならなおさら。
ここからハネマンをアガるパターンはここで白を切ったあとのトイトイ・・・要するに4ピンを先に刻子にするか、ここで4ピンをツモ切ってドラが先に刻子になっての赤5ピンでのアガリ。
何が言いたいかというと・・・
つまり、この手をハネマンでアガるのはたまたまってこと。
しかもドラが鳴けてもそのトイトイのハネマンは相手を縛れないことが結構多いいんです。
白が通りゃアガれちゃうって人が大概いるもんだから。
役満を残し、かつ役満は消えても戦えるツモ切りがベスト。
もしくは役満はあきらめて4ピンのアンコやポンをを考える白切り…
なんて感じの判断がツモる前にできてないとダメです。
役満とトイトイを両方残す半端な発想がここではヌルいってことになる。
麻雀ってのは“最善の選択より最悪の選択はしないように”って局面のが僕は断然多いと思うんですよ。
針の穴とか鋭い一打みたいなのって思うほどできないのが現実だから。
ベストを選べるに越したことはないんだけど、基本的なノリとしてはベター的な発想ですね。
麻雀における守備ってのはオリと回しなんだけど、ここでいう守備意識ってのは攻めにおける守備意識ってことになります。
攻撃意識と守備意識…
相反するもののようで、実は麻雀においてはある共通の思考回路にある意識なんです。
それは“ヌルい打ち方をしないように心がける”
ってこと。
自分のアクション、打牌選択が自分自身にどういう結果をもたらすか…
これをある程度イメージを持って打つ感じです。
“ヌルい”ってのは一般的には攻撃の手を緩めるとか詰めが甘いってことなんだろうけど、カウンターを受けやすいとか危ない状況に自ら向かうことも“ヌルい”だと個人的には考えてます。
オリることがヌルかったり振り込むことがヌルかったり、リーチするしないとか、そのときによって何がヌルいかは違うんですが・・・
要するによくない結果へ導く選択をすること
がヌルい打ち方ってことになりますね。
攻撃意識と守備意識…
相反するもののようで、実は麻雀においてはある共通の思考回路にある意識なんです。
それは“ヌルい打ち方をしないように心がける”
ってこと。
自分のアクション、打牌選択が自分自身にどういう結果をもたらすか…
これをある程度イメージを持って打つ感じです。
“ヌルい”ってのは一般的には攻撃の手を緩めるとか詰めが甘いってことなんだろうけど、カウンターを受けやすいとか危ない状況に自ら向かうことも“ヌルい”だと個人的には考えてます。
オリることがヌルかったり振り込むことがヌルかったり、リーチするしないとか、そのときによって何がヌルいかは違うんですが・・・
要するによくない結果へ導く選択をすること
がヌルい打ち方ってことになりますね。
高い手を作れっていったけど、では安い手が入っちゃったらどうしたらいいでしょうか?
無理に高くしようとするのはダメです。
いつまでたってもヘタな人ってのは、待ちにもよるんですが、例えばピンフのみのリーチで、一発、裏のマンガンとかを安易に発想するタイプの人ですね。
もちろんそれが必要な場面もありますが、そればっかやってると進歩はしません。
安い手は安くアガっていい。
ここで3フーロのタンヤオドラ1とかがここでいう安い手じゃないのは大丈夫ですよね?
安い手を作れとは言ってません。
安い手を作るってのは言いかえれば作りにいくってことですから。

これを4ピン切って聴牌にとっちゃうとか。
うっかり赤5ピンでも引いたらハネマンまである手です。

この手で7ソーをチーとか。
これは結構よく見かける光景なんですけど、ドラをやっとこ使って2000点っていうのはちょっとね・・・
これ、打てる人に悟られたらベロベロに舐めてきます。
「せいぜい3900、リーチには向かってこない」みたいに。
例えば、7ソーを鳴いた後に親が発を切ってリーチにきたとしたら?
鳴かないで落とす可能性の方が高いですよね。

この場合7ソーはもちろんチーでいいんですけど・・・
問題なのはどう考えてるかってことです。
「ドラメンツのカンチャンだから」ってだけじゃ全然ダメ。
まず、高いから。
ただそれだけじゃありません。
これは早い手です。 この7ソー鳴いたらもっと早い。 ここで差をつける。
ちなみに僕はスピードって言葉は使いませんw
・・・それとカンチャンの部分のドラを使いきったことでマンガンが確定します。
わかりやすく言うと急所です。
これがさっきの安い方の例では大した急所じゃないってことなんです。
1000点、2000点の手を早く、楽にアガるのがテーマである場合はドラなんかどーだっていいですよね?
そこを払うことが早くアガることに繋がるならその部分は無くたっていい。
安い方の例で敢えて言うなら急所は発でしょう。
話を戻して…
残りの形も悪くない。
ただ、ひとつだけポイントがあります。
それは発のバックがイヤならここまでの思考はすべて無意味だってこと。
ここらへんの一貫した意識が持てるかどうかが実は最も重要です。
イマジネーションです。
この手が入ったらこういう風にイメージします。(例えばの話)
おっ、いい手。 アガればマンガンはある。
理想は7ソー埋めた直後に発が鳴けてピンズのリャンメン。
キーは発とカン7ソー。 7ソーは鳴こう。 どうせ発は出るだろう。
発が先なら… カン7ソーが残ったらイヤだな。
でも2枚目が深いかも知れないし、タンピンに伸ばすのもどうせ7ソーがネック。
ポンだな。
その後に赤5ソーを引くこともあるし、8ソーが重なる可能性も十分。
4萬が先に入ればカン7ソーを入れてのリーチドラ3もしくは、そこへドラを重ねて発ポンのマンガンが理想。
先に8ソーが重なったらトイツに固定。
発が鳴けないうちに8ソー、5ソーと引いてくればタンピンのハネマンも見えてくるな…
みたいに。
こんな感じのイメージを手をもらったときに大体でいいから思い描きましょう。
少なくともアガれそうでいい手のときは。
で、実際にツモってきたのが北だったり6ソーだったり、意外と発だったりしたときに理想の修正力が問われるってことです。
アガリに対するモチベーションが動くと同時に受けの意識が生まれる余地と言いますか、相手のリーチが先に入るイメージとか・・・
描いた理想通りに事が運ぶことをツイてると言います。
そのズレの程度で状態を判断する感じですね。
ツイてるの定義が、“なんかよくわかんないけどいっぱいアガれる”とか“裏ドラがよく乗る”とかじゃ進歩しませんw
それはただのラッキーだから。
上手い人とそうでない人の決定的な違いは、ツイてるときのおもしろさなんじゃないでしょうか。
仕上げてる感覚、支配してる空気、掌握してる優越感。
もちろんそんな状態は一時的なものです。
それでも、その状態を目指して打つのが麻雀かと。
ただ、並の状態では思い通りにはいかないわけだし、全くツカなきゃこれは上手く打ったかどうかさえわからないゲームです。
麻雀ってのは“自分の手は高くて早くてアガりやすくて、相手の手は遅くて安くてアガりにくい”のが理想です。
でも当然、現実はそうはならない。
そこらへんの意識のバランスをいかに取るかがポイントですね。
ところで、事例に関してオチがないとか結局あの手はどうするべきなのかわからないって風には思わないでください。
どういうふうに考えるかという話だから。
俺の会心譜なんてクソくらえでしょw
無理に高くしようとするのはダメです。
いつまでたってもヘタな人ってのは、待ちにもよるんですが、例えばピンフのみのリーチで、一発、裏のマンガンとかを安易に発想するタイプの人ですね。
もちろんそれが必要な場面もありますが、そればっかやってると進歩はしません。
安い手は安くアガっていい。
ここで3フーロのタンヤオドラ1とかがここでいう安い手じゃないのは大丈夫ですよね?
安い手を作れとは言ってません。
安い手を作るってのは言いかえれば作りにいくってことですから。

これを4ピン切って聴牌にとっちゃうとか。
うっかり赤5ピンでも引いたらハネマンまである手です。

この手で7ソーをチーとか。
これは結構よく見かける光景なんですけど、ドラをやっとこ使って2000点っていうのはちょっとね・・・
これ、打てる人に悟られたらベロベロに舐めてきます。
「せいぜい3900、リーチには向かってこない」みたいに。
例えば、7ソーを鳴いた後に親が発を切ってリーチにきたとしたら?
鳴かないで落とす可能性の方が高いですよね。

この場合7ソーはもちろんチーでいいんですけど・・・
問題なのはどう考えてるかってことです。
「ドラメンツのカンチャンだから」ってだけじゃ全然ダメ。
まず、高いから。
ただそれだけじゃありません。
これは早い手です。 この7ソー鳴いたらもっと早い。 ここで差をつける。
ちなみに僕はスピードって言葉は使いませんw
・・・それとカンチャンの部分のドラを使いきったことでマンガンが確定します。
わかりやすく言うと急所です。
これがさっきの安い方の例では大した急所じゃないってことなんです。
1000点、2000点の手を早く、楽にアガるのがテーマである場合はドラなんかどーだっていいですよね?
そこを払うことが早くアガることに繋がるならその部分は無くたっていい。
安い方の例で敢えて言うなら急所は発でしょう。
話を戻して…
残りの形も悪くない。
ただ、ひとつだけポイントがあります。
それは発のバックがイヤならここまでの思考はすべて無意味だってこと。
ここらへんの一貫した意識が持てるかどうかが実は最も重要です。
イマジネーションです。
この手が入ったらこういう風にイメージします。(例えばの話)
おっ、いい手。 アガればマンガンはある。
理想は7ソー埋めた直後に発が鳴けてピンズのリャンメン。
キーは発とカン7ソー。 7ソーは鳴こう。 どうせ発は出るだろう。
発が先なら… カン7ソーが残ったらイヤだな。
でも2枚目が深いかも知れないし、タンピンに伸ばすのもどうせ7ソーがネック。
ポンだな。
その後に赤5ソーを引くこともあるし、8ソーが重なる可能性も十分。
4萬が先に入ればカン7ソーを入れてのリーチドラ3もしくは、そこへドラを重ねて発ポンのマンガンが理想。
先に8ソーが重なったらトイツに固定。
発が鳴けないうちに8ソー、5ソーと引いてくればタンピンのハネマンも見えてくるな…
みたいに。
こんな感じのイメージを手をもらったときに大体でいいから思い描きましょう。
少なくともアガれそうでいい手のときは。
で、実際にツモってきたのが北だったり6ソーだったり、意外と発だったりしたときに理想の修正力が問われるってことです。
アガリに対するモチベーションが動くと同時に受けの意識が生まれる余地と言いますか、相手のリーチが先に入るイメージとか・・・
描いた理想通りに事が運ぶことをツイてると言います。
そのズレの程度で状態を判断する感じですね。
ツイてるの定義が、“なんかよくわかんないけどいっぱいアガれる”とか“裏ドラがよく乗る”とかじゃ進歩しませんw
それはただのラッキーだから。
上手い人とそうでない人の決定的な違いは、ツイてるときのおもしろさなんじゃないでしょうか。
仕上げてる感覚、支配してる空気、掌握してる優越感。
もちろんそんな状態は一時的なものです。
それでも、その状態を目指して打つのが麻雀かと。
ただ、並の状態では思い通りにはいかないわけだし、全くツカなきゃこれは上手く打ったかどうかさえわからないゲームです。
麻雀ってのは“自分の手は高くて早くてアガりやすくて、相手の手は遅くて安くてアガりにくい”のが理想です。
でも当然、現実はそうはならない。
そこらへんの意識のバランスをいかに取るかがポイントですね。
ところで、事例に関してオチがないとか結局あの手はどうするべきなのかわからないって風には思わないでください。
どういうふうに考えるかという話だから。
俺の会心譜なんてクソくらえでしょw
| ホーム |
